雑記
第262回「いざ東京、いざ文フリ」
第33回文学フリマ東京が迫って来た。
場所は東京流通センター第一展示場。
開始は11月23日(火・祝)12時ちょうど。
これを書いている時点で、あと半日ちょっとというところである。
度々お伝えしている通り、僕が日頃からお世話になっている彩ふ読書会も、今回の文学フリマ東京に出店する。夏から作って来た最新刊『彩宴』VOL.2をはじめ、これまで作って来た本を全て取り揃えて参上する。紹介文の画像を添付するので、ご覧いただけると幸いである。
また、これも以前お伝えしたが、最新刊については、掲載している8作品全ての冒頭部分をwebでチェックすることができる。とにかく内容を見たいという方には、こちらがオススメである。
当日は僕も会場に入る。というわけで、これより大阪から東京へ向かう。
欲張り者の常で、僕は今回の文フリ探訪の行程に様々な「やりたい」を詰め込んでしまった。その1つ目は、既に今夜待ち受けている。
僕はこれから寝台特急サンライズに乗る。生まれて初めての寝台特急に揺られながら、一路東京を目指すのである。そんなわけで今は時間に余裕がないので、ここで筆を置こうと思う。
東京の皆さま、明日はよろしくお願いします。
(11月22日)
第260回「月食のある帰り道」
ご存知の通り、昨日、月の98%が隠れるほぼ皆既月食が日本上空で観測された。月食は16時過ぎに始まり、20時前まで続いた。隠れている部分が一番大きかったのは18時ごろのことである。その時間、ひじき氏はちょうど会社から帰るところであった。
17時を少し回った頃、向かいの席の上司がポツリと言った。
「18時過ぎが月食の見頃らしいで」
ひじき氏はそれを聞いて、「それなら見てみようかなあ」と思った。月食のことはネットニュースで知っていたが、わざわざ見なくてもいいかなあくらいに考えていた。しかし、18時前後ならちょうど家路の途中にいるはずである。そのついでに見られるなら悪くないなと思ったのだ。
それから30分ほどして、ひじき氏事務所を出た。更衣室に入ると、先の上司がいた。着替えている間は仕事の話をしていたが、やがて上司は着替え終わると、「じゃあこの後は東の空でも見上げてください」と言って帰って行った。ひじき氏は一瞬言葉に詰まってから、「ありがとうございます」とよくわからないお礼を言った。
タイムカードを押して、通用門を出ると、ひじき氏は立ち止まって東の空を見た。ひじき氏の会社は工場密集地の只中にあるが、通用門の辺りで顔を上げると、建屋と建屋の間に空がすとんと広がっている。そこに円い月がしばしば浮かんでいたのを思い出したのである。
果たして月が見えた。右下の端の方だけ光っていて、後はすっかり暗くなっていた。月食の月はよく赤銅色と形容されるが、実際に見てみると殆ど真っ黒で、その中にほんのり赤味が差しているというような感じだった。だが、その飾らない黒さを見ていると、確かに本物を見ているのだという気持ちが静かに湧いてくるような気がした。
ひじき氏は道に向き直って歩き始めた。すると向こうから、いつも見かける運送業者の方が歩いてきた。「お疲れさまです」といつもの挨拶をしたところで、ひじき氏はふと思い立って、
「本当によく欠けてるもんですね」
と言った。
運送業者の方は一瞬きょとんとしていたが、それからハッとしたように空を見上げた。
「ああ、今日月食か!」
気にしていたけれど忘れていたという言い方だった。
「ほんまや。ちゃんと欠けてる」
運送業者の方はそれから、
「教えてくれたお陰で見れた。ありがとう!」
と言って会社に入っていった。
ひじき氏は「いえいえとんでもない」と言ってから、家に向かって歩き出した。
胸の中が嬉しさで満たされていた。月食を見たことも嬉しかったし、誰かと一緒に空を見上げられたのも嬉しかったし、「ありがとう」と言われたことも嬉しかった。それから、見たままのことを言うだけでも、誰かに喜んでもらえることってあるのだなということをしみじみと噛みしめた。
不意にひじき氏は、もう暫く月食を見ていたいと思った。
いつも通る道の途中にある建設現場の前で、これまたぽっかり広がる空に浮かぶ月を写真に撮ると、ひじき氏は家路から逸れて歩き出した。普段は左に曲がる角を、そのまま直進する。そして最初の信号を右に曲がった。その先に、JRにかかる跨線橋がある。
跨線橋には高い柵が付いていたが、その上には遂に何物にも遮られなくなった空が悠然と広がっていた。マンションが一棟聳え立ち、その隣に、マンションと街を見下ろすようにいる月の姿があった。ひじき氏は暫くそこに立ち止まり、何枚か写真を撮った。跨線橋のループを自転車が何台か上っていき、橋の下から通勤列車のタタンタタンという音が聞こえた。空と月はずっと静かであった。
特急列車が行き過ぎたところで、ひじき氏は家の方へと引き返していった。片側二車線の県道を渡ると、ひじき氏の家まで連なる住宅密集地が始まり、道が車両一方通行の細いものになる。その道の両側に人が集まっていた。近くに住んでいるらしい人が親子で出てきて、みんなで空を見上げていた。まるでお祭りのような雰囲気だった。
その間を行き過ぎながら、ひじき氏は幸せな気持ちになった。いつもの街が、いつもの道が、ささやかな幸福に照らされているように思われた。
家に帰って暫くしてからTwitterを開くと、月が再び姿を現わし始めた頃を収めた1枚の写真が流れていた。下の方から照り始めた月は、ちょうどニコリと笑う口元のような形をしていた。それはこの1日を最も象徴する写真かもしれないと、ひじき氏は思った。
第257回「ひじき氏、旅に出る」
この週末、ひじき氏は両親と旅に出る。行き先はしまなみ海道の真ん中にある生口島というところである。島の北西端に瀬戸田港という港があり、その近くのお寺の境内に、母方の祖父の墓がある。数年前から、ひじき氏は毎年そこへお参りに出掛けている。
例年はお盆か秋の彼岸の連休に行くのだが、今年はコロナの影響で延び延びになってしまっていた。緊急事態宣言が明けたところで、「これ以上は待ってられない」と両親が言い出した。ひじき氏はちょうど同人誌の編集であたふたしていたので、「11月まで待ってくれ」と願い出た。かくして、編集作業も一服したこのタイミングで出掛けることになったのである。
(そういえば、読書会代表ののーさんから「同人誌が家に届いた」と写真付きで連絡があった。いよいよアレが形になったそうである。間もなくお披露目になると思うので、ご期待願いたい。)
休憩をこまめに取りつつ運転すると、生口島までは片道4時間かかるので、ここへ行く時はいつも泊りがけになる。これまでは、島の中で泊まるか、近隣の尾道・三原で泊まるか、途中の岡山で泊まるかという行程の組み方をしていた。しかし、いつも同じパターンでは面白くない。そう思ったひじき氏は、今回新たな提案をした。
墓参りの後、広島側へ引き返すのではなく、しまなみ海道を渡って愛媛に入る。帰りは瀬戸大橋を渡る。これが提案の中身である。
たまにはそれも良かろうということで、提案はすんなり受け入れられた。宿泊地は、しばしの検討の末、道後温泉に決まった。道後温泉、それから松山を訪れるのは初めてのことである。ひじき氏は、小学校の遠足の前にも経験したことのないような期待と興奮を膨らませている。
旅に出ている間は、ものを見るのに忙しく、酒を飲むのにかまけること間違いない。旅行記を書くとしたら帰ってきた後になるだろう。その頃には、情報の取捨選択ができないと言ってウンウン唸っているにちがいない。最悪の場合、「あーあ、こんなに苦しむくらいなら書かなければよかった」と言ってうっちゃることもあり得る。ひじき氏は己をそう分析した。そしてそうなる前に、旅に出ることだけでも書き留めようと思った。これは、そんなひじき氏の走り書きの跡である。
(11月12日)
第255回「とても小さな災難」
このところ本当に色んなことがある。週末の間僕は実家に帰っていた。数日遅れになったが、父の誕生日を祝うためだ。同時に、誕生日の時期に体調を崩していてマトモにお祝いできていなかった妹もお祝いした。土曜日の晩は家で焼肉パーティーをし、日曜日は全日本大学駅伝を最後まで見てから、父と妹それぞれの誕生日プレゼントを買いに出掛けた。晩に一人暮らしの家に戻った後、今度は同人誌『彩宴』を出店する文学フリマ当日の打ち合わせをやった。少し前まで家の中でしょっちゅう溶けていたのが嘘のようである。
そんな中、突然トラブルが起きた。スマホが充電できなくなったのである。
文学フリマ当日の打ち合わせを終え、華々しい週末が終わったと一息つくと、僕はスマホに充電コードを挿そうとした。ところが、コードが入らない。何かがコードを入れるのを邪魔している。挿し込み口の中に、あるはずのない突起物ができたらしかった。
ほうっと息を吐いたのも束の間、頭に一気に血が上った。
ふざけるんじゃない!!
思いがけない災難に、気が動転していた。激昂が暫く続いた。それから何とか、ここでジタバタしても仕方がないぞと自分に言い聞かせた。とにかく次の日修理に出そうと決めて、僕は風呂に入り、寝た。
この先色々おかしな話はあるのだが、あまりダラダラ書いていられないので、とりあえず結論に移る。
月曜日。仕事が終わるとすぐに、スマホを買った店に早足で向かった。スマホのバッテリーが完全に切れていたので、飛び込みで入店して要件を伝えさせてもらった。運の良いことに、スマホを買った時に対応してくれたスタッフが店内にいて、出てきてくださった。スタッフさんは話を聞きながら「使用中に起きたトラブルなので故障対応になりますが」と言っていたが、挿し込み口を覗き込んだ途端、「もしかしたら……」と言った。そして、胸元の名札を外すと、安全ピンの長い針を使って挿し込み口の中を掻き始めた。
何かがポロリとこぼれ落ちた。
スタッフさんが拾い上げると、小さなプラスチックの破片だった。それはスマホの中の部品ではなく、明らかに外部から詰まったものだと説明された。全く心当たりがなかったが、それが答えだった。
「中の部品は問題ないので、これで使えると思います」とスタッフさんが言った。充電コードを挿してみると、難なく入り、通電された。
わかってしまえば呆気ない話だった。「お騒がせしてすみませんでした」と笑いに揺れる声で言いながら、僕は店を後にした。恥ずかしくないと言えば嘘になる。だがそれよりも安心感の方がはるかに大きかった。
(11月8日)